サッチャー時代のイギリス経済を振り返る

 

 

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1979年5月3日に行われた総選挙の結果、5年間続いた労働党政権が終わりをつげ、保守党が政権を獲得した。

 

そしてマーガレット・サッチャーが新しい首相として「新自由主義経済」をスタートさせた。

 

1980年代にわたり、国有企業のほとんどが民営化され、減税が行われ、労働組合改革法案が通過し、市場の規制緩和がすすめられた。

 

当初GDPは5.9%下落したが、その後増加に転じ1988年には最高の5%にまで伸びた。

 

これは当時のヨーロッパで最大規模の成長率である。

 

しかし、サッチャーの経済改革はトラブル続きだった。

 

1980年にはインフレ率が21.9%にも上昇し、その結果失業率が1979年の5.3%から1982年の始めには10.4%にまで大幅に上昇。

 

1984年にはこれが11.9%にまで増加している。

 

これは世界恐慌以来、イギリス経済が経験したもっとも高い失業率であった。

 

イギリス国内の失業率の上昇は1980年代初頭の世界的不況と同時期に起こり、結局不況前の失業率に戻るのは1983年まで待たなくてはならなかった。

 

1983年6月、サッチャーは再選され、保守党は政権を維持。

 

インフレ率は3.7%まで下落した一方、金利は9.56%という比較的高いままであった。

 

失業率の上昇は使い古された工場や炭鉱の閉鎖などといった、おもに政府の経済政策が引き起こしたものである。

 

イングランドウェールズの製造業は、1961年には全職業の38%を占めていたが、1981年にはその割合が22%にまで低下した。

 

こうした変化は1980年代を通して続き、新しい産業とサービス業が大きく成長していった。

 

一方で製造業では効率化が進み、必要な人員数が少なくなるにつれて多くの職が失われていったのである。

 

1987年6月の総選挙でサッチャー政権が三度目の勝利をおさめるころには、失業者数は300万人を下回り、1989年の終わりにはそれが160万人にまで減少した。

 

しかし1990年の後半、イギリス経済は新たな不況に直面する。

 

経済成長率は6%の下落、失業率も1990年春の6.9%から1993年暮れの10.7%へと上昇してしまう。

 

一方インフレ率は1990年の10.9%から3年後には1.3%に下落した。

 

しかしその後訪れた景気回復とともに失業率は1997年に7.2%まで下落してゆき、1980年代初頭の弱い回復とは異なる急速な回復を見せた。

 

しかし保守党政権への支持率が景気回復とともに上昇することはなかった。

 

1990年11月にサッチャーから首相の座を引き継いだジョン・メイジャー首相は、1992年の総選挙で勝利し、保守党4度目の政権維持を果たした。

 

しかしながらその直後にいわゆる「ブラック・ウェンズデー」が起こり、それに対する手際の悪さが保守党政権へダメージを与えた。

 

ここを境に労働党が支持を拡大し始める。

 

1994年7月には、その前の党首であったジョン・スミスの急死にともない、トニー・ブレア労働党党首に選出され、のちの政権奪取へとつながっていく。

 

こうした中、2回の不景気を経験しながらも賃金は上昇を続けた。

 

1980年から1997年にかけて年2%の上昇を続け、これは2008年まで上昇傾向が続いていくのである。